ボランティアの思い2

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Yさんの思い出 ~一期一会~ 傾聴ボランティア・こだまの会 三浦裕美子

 傾聴活動を始めて二年が過ぎました。なに事にも飽きっぽい私が続けていられる理由を考えてみました。それはこの活動を通して出会う方々、お話を聞かせてくださる方はもちろん、同じ志のボランティアの仲間、との時間が、私にとって本当に貴重で大切なものだと思えるからでした。

 傾聴ボランティア養成講座の研修を受け活動が始まり、ついこの前までは私の人生と交わるはずのなかった方々の人生の一コマ、戦争体験など悲喜こもごもの経験や人生観、死生観などを伺っていると、この活動をしていればこその奇跡のような出会いがあると感じます。

 私が、傾聴ボランティアではなく、お相手の方が、お話しボランティアをしてくださっているのではないか、とさえ思ったりします。

 家で傾聴の内容をふりかえって記録をまとめていると、感情を共有出来た喜びや、自分の人生を深く考える時間など大変多くの事を得られると実感します。

 その中で、とても印象に残っている方をご紹介します。一日のほとんどをベッドで過ごされていた、90歳の女性Yさんです。ご家族の希望を受け高齢者施設からの依頼で始まりました。

*一回目

傾聴についての説明を受けておられなかったようで、私がどういう者で何のために来ているのかをとても不審がられる。逆の立場なら私もまったく同感だと思う。もともと口の重い方なのか、頭の中で整理してから話し出す方なのか、沈黙の時間が長い。気まずい思いで内心焦りながらも「沈黙を怖れるな。笑顔、アイコンタクト」と研修を思い出して何とか一時間。おそるおそる来月も伺ってよいか尋ねると「いつも笑顔なのね。いいわよ」と。ひきつった笑顔ながら安堵。

*二回目

 来訪目的など再度説明して理解していただけたのか、前回よりも受け入れてくださったと感じた。

 優しい父親、厳しい母親、美人な姉の話しなどをポツリポツリとしてくださる。終わりの時間が来て挨拶すると名残惜しそうにしてくださる。

*三回目

 「楽しみにしてました。親戚みたいね」と迎えてくださり本当に嬉しい。行きつ戻りつゆっくり半生を話してくださるが、「こういうことをして、あなたには何の利益があるの?」と。次回までの宿題。

*四回目

 嬉しそうに迎えてくださる。自分の考えを話してよいかと迷いつつ、前回の宿題についてお答えする。究極につづめて言えば、自己満足ではないかと思うと言うと、そうね、と同意される。ただし私はYさんと一緒にいるこの時間を大切に思っていると伝える。

 途中で「もうおしゃべりはやめましょう」と言われドキッとしたが「横にいてくれればいいわ」と仰るので、手を握ってただベッドサイドに座っていた。思い出したように「私も昔はきれいだったのよ」と言われるので、私は毎回そう言ってますよと二人で大笑い。相変わらず沈黙の時間は長いが、あまり気にならなくなってきた。

*五回目

 体調が少しすぐれないけどいつも通りでと職員に言われお部屋へ。

 今日は無理に話しを伺わなくてもよいかと静かに座っているとウトウトされる。時々目を開けては私がいる事を確認される。しばらく黙って天井を眺めていて、突然「私ね、怖いの」と。差支えなければ何が怖いのか教えて欲しいと聞いてみた。「、、、独りが」と。予想していた答えと全く違った。先の事ではなく´今‘だった。孤独感の深さに思い至らず胸を衝かれた。何も言えない。せめて月に2度の訪問を、定例会で諮ってみようと思う。

*六回目

 定刻に伺ったら受付の方が慌てる。先月お亡くなりになったと。啞然とする。

 月に2回の許可を得たのに。未熟ながら精いっぱい寄り添っていきたいと改めて思っていたのに。

 Yさんの最晩年に出会い、共にした5時間の意味は?

 ときどき思い出しては考えている。

 

 人生は過去も未来も’今‘の積み重ねだと、’今‘が大切なのだと気づかせてくださいました。

 私の傾聴の姿勢の土台を作ってくださった大切な方です

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